“Jetty” dialogue cafe

第22回(3月15日開催)実施変更のお知らせ

2019新型コロナウイルス(電子顕微鏡での拡大写真。wikipediaより)


新型コロナウィルスの感染拡大を受けまして、当会では、3月15日(日)に開催を企画しておりました第22回波戸場てつがくカフェ(「正しく<恐がる>ことが必要だ」って、なんで?)について、以下のように実施条件を変更の上、開催することと致しました。

 

特に会場は屋外へと変更のうえ、参加は事前申込制とすることとさせて頂きます。

 

参加を予定されていた皆様におかれましては、当初と異なる条件での開催となりますこと大変申し訳ございませんが、是非お申込み・ご参加頂きたく、お願い申し上げます。

 

今般の事態に対して2月26日、日本国政府は「この1、2週間が感染拡大防止に極めて重要である」との認識を示し、「多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は、中止、延期又は規模縮小等の対応を要請することといたします。」と述べる一方、前日25日に発表した基本方針(※1)に照らして、「現時点で全国一律の自粛要請を行うものではない」と釈明をしたうえで、「地域や企業に対して、イベント等を主催する際には、感染拡大防止の観点から、感染の広がり、会場の状況等を踏まえ、開催の必要性を改めて検討するよう要請する」と述べ、総理大臣による異例の声明(※2)を発表いたしました。

 

当会の催しは、これまでも大変ささやかな規模で開催されて参りましたので、今般、政府が要請の対象としている「大規模な感染リスク」がある催しでないことは明らかです。

 

しかし未だ治療薬がなく、科学的に不明な事柄が数多いという新型コロナウィルスの脅威を考えるに、このような事態においては、当会の活動も政府方針に拘わらず、むしろより謙抑的な姿勢をもって臨む必要があると考えます。

 

一方、私達が生活を送る上での困難はウィルス感染だけに限らないこともまた、明らかな事実です。

 

当会の活動は人の生命に直結するよう類のものではないかもしれませんが、しかし、人が日常の社会関係から離れて互いに対等に話し合うということは、私達の生に必要不可欠な、根本的な欲求として存在していると考えています。

 

ましてや、人の移動が制限され、集まることそのものすら制約されているような現状においては、対話の必要性はむしろ大変に高まっていると考えます。

 

このような諸事情を総合的に考えた結果、実施予定の第22回につきましては、平常の方法で実施することはできないものの、一定の感染予防措置を講じたうえで、中止とすることなく予定通り開催することといたしました。

 

通常の開催とは勝手異なるところがございますので、参加される皆様にはご不便をかけるところもあるかもしれませんが、何卒ご容赦頂きたくお願い申し上げます。

 

なお、会場が屋外となります都合上、当日雨天(荒天)の場合は開催中止とせざるを得ません。

 

当日の天候判断につきましては、twitterにて随時発表して参りますので、必要に応じてご確認頂きますよう、お願い申し上げます。

 

(第22回開催の詳細については、こちらからご確認ください。)

 

よろしくお願い申し上げます。

 

※1 「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」(2月25日)

※2 イベントの開催に関する国民の皆様へのメッセージ(2月26日)

 


第22回「正しく<恐がる>ことが必要だ」って、なんで?





感染が拡大する新型コロナウィルス。

最初の発生確認地である中国・武漢から、瞬く間に世界中に感染が広がりました。

マスクなどの衛生用品の不足。
患者の大量発生によって混乱状態に陥る病院。

感染の危機にさらされながらも、交代や休憩をとることもできない過酷な医療従事者の労働。
軟禁と呼ぶのが適切であるような、人の移動の制限。

「武漢人」「中国人」「東洋人」などという具合に向けられる、差別と偏見に満ちた視線や接遇。

都市が丸ごと封鎖状態にある武漢での混乱は、既に日本でも始まっていると言えるのかもしれません。

一方、ここに至って強調されるのは、例えば「手洗い」の有効性。

目に見えないミクロの世界の脅威に対して、大変に具体的で身近な生活習慣の重要さが、行政当局やメディアによって説かれています。

「科学的事実に基づいた、冷静な対応を」
「正しく<恐がる>ことが必要だ」

確かに「手洗い」や「マスク」は具体的で、ほとんど多くの人が実践できる予防方法だと思いますが…
しかし、それらを行うことが、なぜ「正しく<恐がる>」ことであると言えるのでしょうか?

本当にウィルスとの戦いに、「正しく<恐がる>」ことは必要なのでしょうか?
そもそも「正しく<恐がる>」とは、一体どういうことだと考えればいいのでしょうか?

「手洗い」「マスク」といった具体的実践の背後にそびえる、大切な「心構え」。

それがそもそもどのようなものであるのか、考えてみたいと思います。


チラシ

■日時:2020年3月15日(日)13時~

■場所:アートな感じの広々ラウンジ(池袋駅西口至近)
広びろ青空の下(池袋駅西口至近) 
※変更になりました
 ※【事前申込制】お申込みを頂いた方には具体的な場所をお知らせいたします
※性別や車椅子利用の有無などに関わらず利用できるトイレが施設内にあります
※寒さへの備えを各自お願いいたします
※イスのご提供などはございません。お敷物などが必要な場合は、各自ご持参ください

■参加費:無料(カンパ歓迎)

■その他
雨天 (荒天)の場合は中止と致します(当日の開催の是非については随時twitterにて発信いたしますので、必要に応じてご確認ください)
・当日は飛沫感染予防対策として、参加者の皆様各自の間に2mほどの距離(※)を設置したうえで、簡易メガホンをご用意いたします。必要に応じてご利用ください
 ※ご参考(「問16 濃厚接触とはどのようなことでしょうか?」厚生労働省
・沫感染予防対策として、可能な限りマスクを持参・着用することを呼びかけます新型コロナウィルスは、感染しても自覚症状がない場合が多く、マスクの着用は自分以外の人間を感染させないために有効です

■申し込み⇒hatoba.de.dialogue@gmail.com
※【要事前申し込み】新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、今回は事前申し込み制とさせて頂きます

第21回 <反社会的>って、どういう意味?

 

 

「反社会的集団」への“闇”営業――。

組織的に詐欺を行なっていたグループの催事に、契約先の芸能事務所を通さず営業を行い収入を得たとして、少なくない人数のお笑い芸人が活動を自粛せざるを得なくなったと話題になっています。

知らずして接触をもつことすら「落ち度」として、非難の対象とされるわけですが、ところで「ヤクザ」や「反グレ」と呼ばれる集団は、どうして「反社会的」だと言われるのでしょうか?

暴力を肯定しているからでしょうか?

犯罪を目的としているからでしょうか?

あるいはそうした人達が、とにかく「ガラ」の悪い、「怖い」人達だからでしょうか?

「反社会的集団」については、多くの問題が指摘されています。

でも、それでは「反社会的」であるとはどのようなことを指すのか――何だか腑に落ちる説明が、見当たらないようにも感じます。


一方で、いわゆる「アウト・ロー」の世界は、今も昔も娯楽のテーマとして、その中心に存在しています。

「海賊王に俺はなる」(『ONE PIECE』)

「弾はまだ残っとるがよう……」(『仁義なき闘い』)

「赤城の山も今宵限り~」(『国定忠治』)

ヤンキー、任侠、海賊・・・こうしたカルチャーは、「社会」とどのような関係にあるのでしょうか?

「反社会」性とは、「エンタメ」の枠内でのみ許容されるもの、ということなのでしょうか?

一体「社会に反している」というのは、どのような状態を指しているのでしょうか?

「社会」とは一体、私達にとって、何であると言えるのか。

「コンプライアンス」の言葉が叫ばれる中で、立ち止まって考えてみたいと思います。

チラシ

 

 

■日時:8月11日(日)13時半~

■場所:東京ウィメンズプラザ1階(渋谷区神宮前5-53-67

■最寄り駅:表参道7分(銀座線・半蔵門線・千代田線)、渋谷駅12分(JR・東急東横線・京王井の頭線・東京メトロ副都心線)

※会場内には、性別に関わらず、車椅子のまま入室可能なトイレがございます


【共謀罪】各党の考えをまとめてみました(2019参院選)

 


 

そんなの知らなーい、という方もいらっしゃると思うのですが、波止場てつがくカフェは共謀罪に反対し、その撤廃を求めています。


※詳しくはコチラ
テロ等準備罪/共謀罪 設置法案(組織犯罪処罰法等改正案)に反対する声明


さて、この7月。

時は折りしも参議院議員選挙。

果たして各政党、共謀罪についての見解や如何に?

と思ってネットで調べてみたものの・・・・・・見当たらない。

どうもインターネット上には各党一覧で、それと一目で分かるようにまとめられたページがないようでした。

しゃーない。

これはいっちょ作ってみるか――

ということで、非常に簡素なものではありますが、共謀罪撤廃にいて各政党がどのように考えているのか、表に取りまとめさせて頂きました。

 

 

調査にあたってサンプルとしたものは、各政党が公式サイト上に掲載している政策集や公約集などの、今回の選挙にあたっての主張が最も詳しく、網羅的に掲載されていると思われるページです。

もしかしたら、調査が不十分な点、見落としてしまっている点、あるいは事実誤認をしている箇所もあるかもしれません。

お気づきの方は、誤記についての反証を示すことが出来る具体的な資料とともに、当会までご連絡頂けますと幸いです。

 

 

「共謀罪だけが選挙の争点だ」

そのように申すわけにはいかぬと存じますが、投票権をお持ちの方は、この資料をご参考にして頂きまして、是非、共謀罪撤廃を公約している政党に投票頂きたくお願い申し上げます。

 

共謀罪撤廃の意思を表明している政党は、

共産党

国民民主党

社会民主党

立憲民主党

れいわ新選組

です。



また既に、共謀罪制定を行なった自由民主党、公明党、日本維新の会のいずれかの政党に投票されることを決したという方は、是非同法を撤廃するべく考えを改めるよう、ご投票されます政党に働きかけを行なって下さい。

よろしくお願い申し上げます。

 

表が切れて見づらい場合は、画面を横表示にしてみて下さい!


政党名 ※1立法の賛否
(当時)
共謀罪/テロ等準備罪についての
公約での言及(抜粋)
市民連合との
政策協定
自由民主党賛成なしなし
公明党賛成なしなし
日本維新の会賛成 ※3なしなし
日本共産党反対・安保法制、共謀罪など安倍政権が成立させた立憲主義に反する法律の廃止。
※この項目は、市民連合と野党4党1会派の間での政策協定について表しています。

・5、憲法を生かした政治に――生存権、子どもの権利、知る権利を保障します
(3)民主主義と言論・報道の自由を守り、民意を正しく反映する選挙制度に改革します
安倍政権は、特定秘密保護法、盗聴法、共謀罪など、基本的人権を踏みにじり、民主主義を破壊する憲法違反の悪法を次々と
強行しました。言論・報道の自由も、官房長官記者会見で批判的な記者の質問を封殺するなど、重大な問題が起きています。
「国境なき記者団」による「報道の自由度ランキング」で日本は67位、2010年の11位から大幅に後退しました。
公文書改ざんや情報の隠ぺいなど、知る権利を乱暴に踏みにじっていることも深刻です。
――秘密保護法、盗聴法(通信傍受法)、共謀罪法を廃止します。
国民民主党反対なし
※5 市民連合との政策協定
社会民主党反対安倍政権が強行採決した思想の抑圧、人権侵害、市民監視の強化につながる「共謀罪」創設規定を含む「改正組織犯罪処罰法」など、立憲主義に反する諸法律を廃止します。
立憲民主党反対なし
※5 市民連合との政策協定
れいわ新選組 - ※4「トンデモ法」一括見直し・廃止
TPP協定、PFI法、水道法、カジノ法、漁業法、入管法、種子法、
特定秘密保護法、国家戦略特別区域法、所得税法等の一部を改正する法律、
派遣法、安全保障関連法、刑訴法、テロ等準備罪など
なし
幸福実現党 - ※4いわゆる「共謀罪」法(テロ等準備罪)は、捜査権乱用などのおそれがあるため見直しますなし
安楽死制度を考える会 - ※4なしなし
NHKから国民を守る党 ※2 - ※4なしなし
オリーブの木 - ※4なしなし
労働の解放をめざす労働者党 - ※4なしなし

 

※1 調査対象は、25回参議院議員比例代表選出議員選挙(全国区)立候補のために届出した政党です。
第25回 参議院議員通常選挙 候補者・名簿届出政党等情報(総務省)

なお、政党名に施したリンクは、本調査にあたってサンプル対象とした各党の公式ページで、公約や政策集などが総合的・網羅的に掲載されていると判断されたページURLです。

 

※2 公約が掲載されたページは見当たらず。政党公式ホームページをリンクさせました。

 

※3 共謀罪法は、政府原案に対する維新の修正提案を経て自民、公明の三党の賛成で可決されました。維新の修正案を経ても、同法の本質的問題性はなんら除かれていないものと、当会は考えます。維新修正案の当否に関わらず、共謀罪法案は廃案とされるべき法案でした。

 

※4 これらの政党は、共謀罪設置後に結成されたり、国政政党ではなかったために、当時は採決資格そのものを有していません。

 

※5 立憲、国民、共産、社民の四党は、市民団体「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」による要望書の提出を受け手、「安保法制、共謀罪など安倍政権が成立させた立憲主義に反する諸法律を廃止すること」について「上記要望を受け止め、参議院選挙勝利に向けて、ともに全力で闘います」と応じ、各党代表者の署名をもって政策協定を結びました。立憲、国民の二党については、サンプルページ上には、共謀罪撤廃についての言及を確認できませんでしたが、当会としては、上記の政策協定をもって、二党は撤廃を公約していると判断しました。
立憲野党4党1会派の政策に対する市民連合の要望書(2019年5月29日)

 

第20回 お祝いするのは、何のため?


平成から令和へ。

異例の10連休を伴ってやってくる「国家の祝賀」。

花見の季節は終わっても、そのまま心はお祝いムード、なんていう方もおられるでしょうか?

おっと、そんなのどこ吹く風。

連休もフツーに仕事ゆえ、「お祝い感ゼロ」という方。

いやいや、お祝いどころじゃない。

休みが続けば仕事が出来ず。

もはや5月の生活は、食うや食わずやの大ピンチ…という方も、大勢おられると聞きます。

国家行事に振り回される……それが実際のところなのかもしれませんが、ところで 私達が、このように「振り回されて」しまうのは、この<お祝い>が「国家の祝賀」だからでしょうか?

それはむしろ、<お祝い>のもつ性質によるものだということは……ないでしょうか?


卒業・入学、結婚、出産、誕生日、七五三……。

節目節目に、あるいはそうとは言わずとも。

仕事が上手くいったから、とか。

素敵な出会いがあったから、とか。

生活の折々、様々な出来事について、私達は言葉を考えたり、贈り物を選んだりして<お祝い>をします。

そうした<お祝い>は、一体、何のためにするものなのでしょう?

「無粋な質問」
「したいからやってるだけ!」
「それは心の問題」

そんな風に感じられる向きも、あるかもしれません。

でも一方で、例えばあんまり親しくないんだけど、付き合いだからしょうがなく、とか。

正直ビミョーなプレゼントだけど、とりあえず「ありがとう!」って言っておいた、とか。

あるいは<お祝い>の形式が、逆に「気持ち」を伝えることを阻んでしまうということも、あるのではないでしょうか。

帯に短いような、でもタスキには長いような――どうにもしっくりしない、<お祝い>。

なぜ私達は、<お祝い>に振り回されてしまうのでしょう?

<お祝い>とはそもそも、どのようなものなのでしょうか?

お互いに聞きあい、話し合いながら、考えてみたいと思います。

チラシ

■日時:2019年4月30日(火)14時~

■場所:サクラカフェ幡ヶ谷
(東京都渋谷区幡ヶ谷1-32-3)

※会場入り口付近に段差がございます。入場にご不安を感じる方は、事前にご連絡下さい。可能な限りの対応をさせて頂きます。

※会場内のトイレは、男女別となっております。また、どちらの入り口も車椅子が入るほどの広さはございません。
(店舗近くに車椅子に乗車したまま入室可能で、かつ性別を選ばずご利用頂けるトイレがございます)

■アクセス:幡ヶ谷駅徒歩2分(京王新線)

■参加費:無料
※お一人様、それぞれ一品以上のご注文をお願いします
メニューはコチラ

■申込み
※おおまかな人数を把握したいので事前にご連絡頂けると助かります
hatoba.de.dialogue@gmail.com

当会のメンバーも寄稿しました!機関誌『みんなで考えよう』(哲学プラクティス連絡会)


「哲学プラクティス」に関心を持つすべての人の交流のための機関「哲学プラクティス連絡会」より、この度、機関誌『みんなで考えよう』が創刊されました。

当会のメンバーも寄稿しております。

機関紙の内容は、下記のサイトで自由に閲覧可能です。

是非ご覧ください。

機関誌『みんなで考えよう』創刊号公開のお知らせ哲学プラクティス連絡会
※印刷冊子版の販売もされているそうです


第19回 ウソ(fake)はどこから!? ~つくり話・冗談、虚偽について~


「議論の前提が崩れてしまう」

「話し合いの土台そのものを破壊するに等しい」

「民主主義」とまで言わなくとも、ウソをつかないということは、社会において万人が備えるべき「倫理」として存在していると言えるでしょう。

一方、それを単に「つくり話」と言ったら、どうでしょうか。

小説に詩歌、絵画や音楽。

およそアートやカルチャーというものは一切、「想像力」の産物と言えます。

また、さらに身近なところでさえ。

日常のコミュニケーションにおいて「冗談」は、大変重要な役割を果たしていると言えるでしょう。

真剣な話しが全く出来ないというのも困ったものでしょうが、ジョークのひとつも許されないという環境は、私たちの言動を大変窮屈なものとしてしまうのではないでしょうか?

虚偽をかたることが「罪」として厳しく禁止される一方で、「事実ではない」ということを前提にそれを楽しむことにもまた、大変重要な役割が与えられる。

一体私たちにとって、<ウソ>とはどのようなものなのでしょうか?

もちろん、「虚偽」と「冗談」は別のもの。

特に権力の座にある者が、自分達の都合に合わせて事実を捏造するということは、許されないことだと思います。

しかし少なくとも、それらは人の心の中に留まる限りでは、同じ源泉をもっている…とは言えないでしょうか?

一体<ウソ>と「つくり話」や「冗談」は、どのように違うものなのでしょうか?

<ウソ>が国家的危機として語られている現在。

<ウソ>とはそもそもどのようなことなのか、考えてみたいと思います。

チラシ

■日時:4月21日(土)14時~

■場所:カフェ・エクレシア蔵前店東京都台東区蔵前2-7-6
※日本聖公会浅草聖ヨハネ教会併設

※会場入り口には段差が存在しますが、あいにく昇降機などの設備はございません。入場にご不安を感じる方は、その旨お申し出頂ければ、可能な限りの対応をさせて頂きます。
※会場内には洋式のトイレがございますが、車椅子が入るほどの広さはございません。16時までは、隣接の日本聖公会浅草聖ヨハネ教会のバリア・フリー対応トイレがご利用頂けます。

■アクセス:蔵前駅徒歩3分(都営地下鉄浅草線、都営地下鉄大江戸線)

■参加費:500円(ワンドリンク込み)
■申し込み:不要
※おおまかな人数を把握したいので事前にご連絡頂けると助かります
⇒hatoba.de.dialogue@gmail.com