“Jetty” dialogue cafe

第21回 <反社会的>って、どういう意味?

 

 

「反社会的集団」への“闇”営業――。

組織的に詐欺を行なっていたグループの催事に、契約先の芸能事務所を通さず営業を行い収入を得たとして、少なくない人数のお笑い芸人が活動を自粛せざるを得なくなったと話題になっています。

知らずして接触をもつことすら「落ち度」として、非難の対象とされるわけですが、ところで「ヤクザ」や「反グレ」と呼ばれる集団は、どうして「反社会的」だと言われるのでしょうか?

暴力を肯定しているからでしょうか?

犯罪を目的としているからでしょうか?

あるいはそうした人達が、とにかく「ガラ」の悪い、「怖い」人達だからでしょうか?

「反社会的集団」については、多くの問題が指摘されています。

でも、それでは「反社会的」であるとはどのようなことを指すのか――何だか腑に落ちる説明が、見当たらないようにも感じます。


一方で、いわゆる「アウト・ロー」の世界は、今も昔も娯楽のテーマとして、その中心に存在しています。

「海賊王に俺はなる」(『ONE PIECE』)

「弾はまだ残っとるがよう……」(『仁義なき闘い』)

「赤城の山も今宵限り~」(『国定忠治』)

ヤンキー、任侠、海賊・・・こうしたカルチャーは、「社会」とどのような関係にあるのでしょうか?

「反社会」性とは、「エンタメ」の枠内でのみ許容されるもの、ということなのでしょうか?

一体「社会に反している」というのは、どのような状態を指しているのでしょうか?

「社会」とは一体、私達にとって、何であると言えるのか。

「コンプライアンス」の言葉が叫ばれる中で、立ち止まって考えてみたいと思います。

チラシ

 

 

■日時:8月11日(日)13時半~

■場所:東京ウィメンズプラザ1階(渋谷区神宮前5-53-67

■最寄り駅:表参道7分(銀座線・半蔵門線・千代田線)、渋谷駅12分(JR・東急東横線・京王井の頭線・東京メトロ副都心線)

※会場内には、性別に関わらず、車椅子のまま入室可能なトイレがございます


【共謀罪】各党の考えをまとめてみました(2019参院選)

 


 

そんなの知らなーい、という方もいらっしゃると思うのですが、波止場てつがくカフェは共謀罪に反対し、その撤廃を求めています。


※詳しくはコチラ
テロ等準備罪/共謀罪 設置法案(組織犯罪処罰法等改正案)に反対する声明


さて、この7月。

時は折りしも参議院議員選挙。

果たして各政党、共謀罪についての見解や如何に?

と思ってネットで調べてみたものの・・・・・・見当たらない。

どうもインターネット上には各党一覧で、それと一目で分かるようにまとめられたページがないようでした。

しゃーない。

これはいっちょ作ってみるか――

ということで、非常に簡素なものではありますが、共謀罪撤廃にいて各政党がどのように考えているのか、表に取りまとめさせて頂きました。

 

 

調査にあたってサンプルとしたものは、各政党が公式サイト上に掲載している政策集や公約集などの、今回の選挙にあたっての主張が最も詳しく、網羅的に掲載されていると思われるページです。

もしかしたら、調査が不十分な点、見落としてしまっている点、あるいは事実誤認をしている箇所もあるかもしれません。

お気づきの方は、誤記についての反証を示すことが出来る具体的な資料とともに、当会までご連絡頂けますと幸いです。

 

 

「共謀罪だけが選挙の争点だ」

そのように申すわけにはいかぬと存じますが、投票権をお持ちの方は、この資料をご参考にして頂きまして、是非、共謀罪撤廃を公約している政党に投票頂きたくお願い申し上げます。

 

共謀罪撤廃の意思を表明している政党は、

共産党

国民民主党

社会民主党

立憲民主党

れいわ新選組

です。



また既に、共謀罪制定を行なった自由民主党、公明党、日本維新の会のいずれかの政党に投票されることを決したという方は、是非同法を撤廃するべく考えを改めるよう、ご投票されます政党に働きかけを行なって下さい。

よろしくお願い申し上げます。

 

表が切れて見づらい場合は、画面を横表示にしてみて下さい!


政党名 ※1立法の賛否
(当時)
共謀罪/テロ等準備罪についての
公約での言及(抜粋)
市民連合との
政策協定
自由民主党賛成なしなし
公明党賛成なしなし
日本維新の会賛成 ※3なしなし
日本共産党反対・安保法制、共謀罪など安倍政権が成立させた立憲主義に反する法律の廃止。
※この項目は、市民連合と野党4党1会派の間での政策協定について表しています。

・5、憲法を生かした政治に――生存権、子どもの権利、知る権利を保障します
(3)民主主義と言論・報道の自由を守り、民意を正しく反映する選挙制度に改革します
安倍政権は、特定秘密保護法、盗聴法、共謀罪など、基本的人権を踏みにじり、民主主義を破壊する憲法違反の悪法を次々と
強行しました。言論・報道の自由も、官房長官記者会見で批判的な記者の質問を封殺するなど、重大な問題が起きています。
「国境なき記者団」による「報道の自由度ランキング」で日本は67位、2010年の11位から大幅に後退しました。
公文書改ざんや情報の隠ぺいなど、知る権利を乱暴に踏みにじっていることも深刻です。
――秘密保護法、盗聴法(通信傍受法)、共謀罪法を廃止します。
国民民主党反対なし
※5 市民連合との政策協定
社会民主党反対安倍政権が強行採決した思想の抑圧、人権侵害、市民監視の強化につながる「共謀罪」創設規定を含む「改正組織犯罪処罰法」など、立憲主義に反する諸法律を廃止します。
立憲民主党反対なし
※5 市民連合との政策協定
れいわ新選組 - ※4「トンデモ法」一括見直し・廃止
TPP協定、PFI法、水道法、カジノ法、漁業法、入管法、種子法、
特定秘密保護法、国家戦略特別区域法、所得税法等の一部を改正する法律、
派遣法、安全保障関連法、刑訴法、テロ等準備罪など
なし
幸福実現党 - ※4いわゆる「共謀罪」法(テロ等準備罪)は、捜査権乱用などのおそれがあるため見直しますなし
安楽死制度を考える会 - ※4なしなし
NHKから国民を守る党 ※2 - ※4なしなし
オリーブの木 - ※4なしなし
労働の解放をめざす労働者党 - ※4なしなし

 

※1 調査対象は、25回参議院議員比例代表選出議員選挙(全国区)立候補のために届出した政党です。
第25回 参議院議員通常選挙 候補者・名簿届出政党等情報(総務省)

なお、政党名に施したリンクは、本調査にあたってサンプル対象とした各党の公式ページで、公約や政策集などが総合的・網羅的に掲載されていると判断されたページURLです。

 

※2 公約が掲載されたページは見当たらず。政党公式ホームページをリンクさせました。

 

※3 共謀罪法は、政府原案に対する維新の修正提案を経て自民、公明の三党の賛成で可決されました。維新の修正案を経ても、同法の本質的問題性はなんら除かれていないものと、当会は考えます。維新修正案の当否に関わらず、共謀罪法案は廃案とされるべき法案でした。

 

※4 これらの政党は、共謀罪設置後に結成されたり、国政政党ではなかったために、当時は採決資格そのものを有していません。

 

※5 立憲、国民、共産、社民の四党は、市民団体「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」による要望書の提出を受け手、「安保法制、共謀罪など安倍政権が成立させた立憲主義に反する諸法律を廃止すること」について「上記要望を受け止め、参議院選挙勝利に向けて、ともに全力で闘います」と応じ、各党代表者の署名をもって政策協定を結びました。立憲、国民の二党については、サンプルページ上には、共謀罪撤廃についての言及を確認できませんでしたが、当会としては、上記の政策協定をもって、二党は撤廃を公約していると判断しました。
立憲野党4党1会派の政策に対する市民連合の要望書(2019年5月29日)

 

第20回 お祝いするのは、何のため?


平成から令和へ。

異例の10連休を伴ってやってくる「国家の祝賀」。

花見の季節は終わっても、そのまま心はお祝いムード、なんていう方もおられるでしょうか?

おっと、そんなのどこ吹く風。

連休もフツーに仕事ゆえ、「お祝い感ゼロ」という方。

いやいや、お祝いどころじゃない。

休みが続けば仕事が出来ず。

もはや5月の生活は、食うや食わずやの大ピンチ…という方も、大勢おられると聞きます。

国家行事に振り回される……それが実際のところなのかもしれませんが、ところで 私達が、このように「振り回されて」しまうのは、この<お祝い>が「国家の祝賀」だからでしょうか?

それはむしろ、<お祝い>のもつ性質によるものだということは……ないでしょうか?


卒業・入学、結婚、出産、誕生日、七五三……。

節目節目に、あるいはそうとは言わずとも。

仕事が上手くいったから、とか。

素敵な出会いがあったから、とか。

生活の折々、様々な出来事について、私達は言葉を考えたり、贈り物を選んだりして<お祝い>をします。

そうした<お祝い>は、一体、何のためにするものなのでしょう?

「無粋な質問」
「したいからやってるだけ!」
「それは心の問題」

そんな風に感じられる向きも、あるかもしれません。

でも一方で、例えばあんまり親しくないんだけど、付き合いだからしょうがなく、とか。

正直ビミョーなプレゼントだけど、とりあえず「ありがとう!」って言っておいた、とか。

あるいは<お祝い>の形式が、逆に「気持ち」を伝えることを阻んでしまうということも、あるのではないでしょうか。

帯に短いような、でもタスキには長いような――どうにもしっくりしない、<お祝い>。

なぜ私達は、<お祝い>に振り回されてしまうのでしょう?

<お祝い>とはそもそも、どのようなものなのでしょうか?

お互いに聞きあい、話し合いながら、考えてみたいと思います。

チラシ

■日時:2019年4月30日(火)14時~

■場所:サクラカフェ幡ヶ谷
(東京都渋谷区幡ヶ谷1-32-3)

※会場入り口付近に段差がございます。入場にご不安を感じる方は、事前にご連絡下さい。可能な限りの対応をさせて頂きます。

※会場内のトイレは、男女別となっております。また、どちらの入り口も車椅子が入るほどの広さはございません。
(店舗近くに車椅子に乗車したまま入室可能で、かつ性別を選ばずご利用頂けるトイレがございます)

■アクセス:幡ヶ谷駅徒歩2分(京王新線)

■参加費:無料
※お一人様、それぞれ一品以上のご注文をお願いします
メニューはコチラ

■申込み
※おおまかな人数を把握したいので事前にご連絡頂けると助かります
hatoba.de.dialogue@gmail.com

当会のメンバーも寄稿しました!機関誌『みんなで考えよう』(哲学プラクティス連絡会)


「哲学プラクティス」に関心を持つすべての人の交流のための機関「哲学プラクティス連絡会」より、この度、機関誌『みんなで考えよう』が創刊されました。

当会のメンバーも寄稿しております。

機関紙の内容は、下記のサイトで自由に閲覧可能です。

是非ご覧ください。

機関誌『みんなで考えよう』創刊号公開のお知らせ哲学プラクティス連絡会
※印刷冊子版の販売もされているそうです


第19回 ウソ(fake)はどこから!? ~つくり話・冗談、虚偽について~


「議論の前提が崩れてしまう」

「話し合いの土台そのものを破壊するに等しい」

「民主主義」とまで言わなくとも、ウソをつかないということは、社会において万人が備えるべき「倫理」として存在していると言えるでしょう。

一方、それを単に「つくり話」と言ったら、どうでしょうか。

小説に詩歌、絵画や音楽。

およそアートやカルチャーというものは一切、「想像力」の産物と言えます。

また、さらに身近なところでさえ。

日常のコミュニケーションにおいて「冗談」は、大変重要な役割を果たしていると言えるでしょう。

真剣な話しが全く出来ないというのも困ったものでしょうが、ジョークのひとつも許されないという環境は、私たちの言動を大変窮屈なものとしてしまうのではないでしょうか?

虚偽をかたることが「罪」として厳しく禁止される一方で、「事実ではない」ということを前提にそれを楽しむことにもまた、大変重要な役割が与えられる。

一体私たちにとって、<ウソ>とはどのようなものなのでしょうか?

もちろん、「虚偽」と「冗談」は別のもの。

特に権力の座にある者が、自分達の都合に合わせて事実を捏造するということは、許されないことだと思います。

しかし少なくとも、それらは人の心の中に留まる限りでは、同じ源泉をもっている…とは言えないでしょうか?

一体<ウソ>と「つくり話」や「冗談」は、どのように違うものなのでしょうか?

<ウソ>が国家的危機として語られている現在。

<ウソ>とはそもそもどのようなことなのか、考えてみたいと思います。

チラシ

■日時:4月21日(土)14時~

■場所:カフェ・エクレシア蔵前店東京都台東区蔵前2-7-6
※日本聖公会浅草聖ヨハネ教会併設

※会場入り口には段差が存在しますが、あいにく昇降機などの設備はございません。入場にご不安を感じる方は、その旨お申し出頂ければ、可能な限りの対応をさせて頂きます。
※会場内には洋式のトイレがございますが、車椅子が入るほどの広さはございません。16時までは、隣接の日本聖公会浅草聖ヨハネ教会のバリア・フリー対応トイレがご利用頂けます。

■アクセス:蔵前駅徒歩3分(都営地下鉄浅草線、都営地下鉄大江戸線)

■参加費:500円(ワンドリンク込み)
■申し込み:不要
※おおまかな人数を把握したいので事前にご連絡頂けると助かります
⇒hatoba.de.dialogue@gmail.com

 


【報告】第18回 笑ってはいけない、のはどうして?



1月27日(土)の午後。

第18回波止場てつがくカフェは、大崎駅からほど近い「複合型巨大施設」にて行われた。

かつてはSONY関連の工場が数多く存在したという大崎だが、今はオフィスや商業店舗が同居する巨大なビル郡が並び立つエリアとなっている。

ベンチや植え込みも多く存在するこのエリアはしかし、歩くとなんとなく人工的な印象の風景が続いて、なんだか奇妙な浮遊感を覚えた。


さて、今回のテーマは「笑ってはいけない、のはどうして?」。

昨年末の大晦日、毎年恒例の特番としてTV放送されているバライティー番組で、あるお笑い芸人が顔を黒塗りにして有名な「黒人」の俳優に扮するという演出が行われた。

「それは人種差別ではないのか――?」

この放送は、多くの批判・反響を引き起こし、海外メディアにも多数紹介されるなど、社会的議論の対象として注目を浴びた。

顔を「黒塗り」にする演出は「ミンストレル・ショー」として、特にアメリカ合衆国において、人種差別であると批判されてきた歴史があるという。

そのようなニュースや議論が記憶に新しい中で、果たしてどのような対話を行うことができるか。

この番組をめぐる事件についても触れられながら、対話は進んでいった。

  • 被災地にボランティアに行ったとき、あることで思わず笑ってしまったのだが、そもそも笑うこと自体が不謹慎だと言われ、暴力を受けた。
  • 「笑い」というものは、コンプレックスと関係していると思う。笑ってはいけないことが共有されている場では、「怒り」が表出されやすいと思う。
  • 日本の「笑い」や文化が、世界の感覚と大きくズレているのではないかと感じる。「ブラック」という言葉は、現代の日本社会において否定的な言葉として用いられることがあるが、そのような用法がそもそも適当なのかと感じる。
  • TVでは、たとえば「撲滅したほうがよい」というような番組があるという人もいるかもしれないが、単にそのような番組がなければよい、見なければよい、ということでは問題があるように思う。
  • 笑いには、「いじめ」につながる要素と「批判」「風刺」につながる要素があるように思う。
  • いじめは相手を見下すものだと思うが、「批判」は権力者に向けられたものではないか。

序盤から発言は途切れることなく、活発に提出されるた。そして話題は徐々に、「笑い」から「規範」へと移ってく。

  • 「笑い」と「規範」が衝突することがあるが、「規範」は集団的に機能するもので、権力として作用する。
  • マイノリティであっても、「規範」に訴えることで力をもつことがある。
  • 笑うことが「不謹慎だ」と言われる場面では、不謹慎と感じた人の怒りを受け止めることを要求されている。
  • 「不謹慎」だという批判の本質は、マジョリティの価値観を共有していないことに対するものではないのか。

また、「笑い」にもクスリ/ニヤリ/高笑い、など様々なものがあることにも話が及んだ。

  • 「マイノリティ」というものは、時に「マジョリティ」との「違い」を強調されて理解される。また、それがコンプレックスを生み出すことにもつながることもある。
  • 「マジョリティ」と違っていること、変わっていることを自ら「ネタ」にしたとき、「笑い」になるのではないか。
  • 社会的規範を背負っている側の笑いもあるが、自分ひとりの価値観だけによる「笑い」もあると思う。
    ex.子供が葬式で笑う
  • 「笑い」は、社会規範によらざるを得ない性質があるのではないか。
  • お笑い漫画やアニメには、大真面目に行動する主人公の失敗を「笑い」として描きつつ、そこから「教訓」を伝えるような話しが、ある種の典型として存在してるが、その失敗は主人公の立場にたってみれば深刻なもので「いたたまれない」と感じる。
  • 一方で、そうした失敗が「規範」として説かれる場合は「笑ってはいけない」ものとして、規範に組み込まれなければ「笑われる」対象として扱われるのは、理不尽なことだと思う。
  • 殺人やレイプですら「笑い」として機能している現実を考えると、「笑い」というのは大変に暴力的だと思う。
  • 「笑う人」と「笑わせる人」は同じ社会規範を共有しているといえるのか?

これまで提出された「笑い」についての性質を確認した後、キーワードとして、下記のような言葉が提出された。

  • 軽蔑
  • 上下
  • 優劣←ボケ、ツッコミ
  • 悲惨
  • 風刺
  • 道化

この後、話しは問いを考える段階になって難航した。

「笑い」は、それが発せられる場所であるともいえる「社会的関係」とどのように関係するのかをめぐって、いくつかの方向性が示されたものの、それらを問いの形式として充分に展開することが難しかったのかもしれない。

結果としては、「社会的関係を読み込まない笑いはない」という前提から、笑いには以下の二種類があるのではないかという見解が提出された。

  • 自分と違う存在を対象とする「笑い」/自分を含む集団を笑の対象にする「笑い」
  • 笑う側/笑われる側の、どちらの立場に自分を置くかによって 笑える/笑えない ということが決まる


しかし、では「社会的関係」とは何なのか。

様々にその周辺を探り回った対話であったと思うが、残念ながら今回は、この問題を正確に捉え切ることができなかったとも感じる。

しかし、参加者はそれぞれ大変活発に考えを述べ合い、懸命に「笑い」に大きく影響を及ぼしている「社会的関係」の在りようを言葉にしようと試みていたと思う。

第18回波止場てつがくカフェは、以下の暫定的な問いを確認して終了となった。


問 「笑い」に社会的関係は読み込まれるか?

答 「上下」「優劣」といった関係が強く読み込まれる。


(了)

***


第18回 笑ってはいけない、のはどうして?

  • 日時:1月27日(土)14時~
  • 場所:大崎駅近くの巨大施設
  • 参加費:無料(カンパ歓迎)
***


※「本レポートは対話の場の主催者として掲載するものですが、報告者の個人的見解を前提としています。種々の制約によりラフな記録と記憶をたよりに作成されているため、現になされた対話の事実と食い違うところがあるかもしれません。何卒ご承知おき頂きたく、お願い申し上げます。

【協力企画】てつがくカフェ×別れの博物館



波止場てつがくカフェは、この春、展示企画「別れの博物館」とのコラボレーションとして開催される「てつがくカフェ×別れの博物館」に、ファシリテーション・グラフィックの協力・提供をすることになりました!

当日は、波止場のスタッフがホワイトボードにマーカーを走らせます。

「あなたとわたしのお別れ展」とも題されている展示、「別れの博物館」。

見ず知らずの人同士が、いきなり「お別れ」の話しを始めるというのも、なんだかとってもおもしろそう!!

是非ご参加ください。

⇒詳細はコチラ


***

別れの博物館」は、2006年、
クロアチアの元カップルがスタートしたもので、
一般の方々から、
「別れ」の際に残された「思い出の品」とそれにまつわるエピソードを
募った品々を展示する博物館です。
これまでに世界29ヵ国、45都市を巡回、
日本では、株式会社カネコ・アンド・アソシエイツ・ジャパンが主催し、
初開催となる展覧会です
(会期=2018年3月31日(土) ~4月14日(土))。

この企画のコンセプトに深く関心を寄せた、
株式会社シンクアップは、
4月2日(月)、同会場、アーツ千代田3331にて、
本博物館とのコラボレーションイベントとして、
「てつがくカフェ×別れの博物館」を
企画しました。

この企画では、博物館見学者と、
感想や意見の交換をするだけでなく、
「てつがくカフェ」という対話形式をとることで、
博物館の展示や、コンセプトについて、
じっくり考え、語り合うひとときを持ちます。

このイベントを通じ、参加者同士が交流し、
自分では思いつかなかった考え方を見出し、
展示を改めて深く味わうという、珍しい試みです。

***

【日時】2018年4月2日(月)18:30~20:30(開場 18:15)
【場所】アーツ千代田3331 1Fラウンジ(東京都千代田区外神田6-11-14)

【ファシリテーター】栗原直以(株式会社シンクアップ代表)
【グラフィック協力】 波止場てつがくカフェ  
【参加費】1,000円(当日支払)
【定員】20名(定員になり次第、締切)
【申込】thinkupltd@gmail.com に、名前、住所、電話をメールしてください
(4月1日12:00正午締切)
【協力】株式会社カネコ・アンド・アソシエイツ・ジャパン

※展示「別れの博物館」は、「てつがくカフェ×別れの博物館」とは別の企画となります
※「てつがくカフェ×別れの博物館」の参加費は、別れの博物館の入場料とは別に必要になります(それぞれ単独でご入場頂けます)

⇒展示「別れの博物館」の詳細はコチラ
・期間:2018年3月31日(土) ~4月14日(土)11:00-21:00
・場所:アーツ千代田3331 1Fメインギャラリー
   
***

※この企画についてのお問合せは、直接株式会社シンクアップthinkupltd@gmail.com)までお願いいたします