【報告】第4回「〈過激主義〉とは何か?」

【報告】第4回波止場てつがくカフェ「〈過激主義〉とは何か?」

「<過激主義>とは何か?」をテーマに対話しました。











  • 「過激主義」という言葉について「最近になるまで知らなかった」、「少し前は急進主義という言葉もあった」、「一昔前は急進主義と言ったものを今は過激主義と言っているのではないか」など。
  • 過激主義、急進主義 ともに radicalism の訳語がある。一方、過激主義には extremism との意味も。extremism は、直訳としての「極端主義」の意味がある一方で、radical には「根本的な」の意味が。
  • radicalism(根本主義)もextremism(極端/急進主義)も共に「過激主義」の言葉が与えられる。そこにテロリズムを結びつける印象操作がないか。日本語訳語の問題を感じる。
  • 根本的に考えよう/あっと言う間にしよう→どっちも激し過ぎる→穏やかじゃない→テロの危険性→暴力は悪→過激主義=悪・・・!?
  • 過激であること=悪である、と直ちに限る事はできない。
  • 「急進主義」=「急いで進む主義」であると言い得るが、対して「過激主義」は?
  • 「○○主義」とは、物事についてのの何らかの態度について示す言葉だが、「過激」とは、単に物事の「度合い」を示しているに過ぎない。言葉のつくり・意味が不明。
  • アートの分野では、「過激」という言葉はよい意味で解釈されることも。法に触れることも辞さないような態度が「命懸け」「過剰」と解されるが、そうした態度を「過激主義」とは言わない。
     
  • 「過激主義」という言葉の背後には、得体の知れない恐怖感がある。普段は漠然として想像できないのに、テロや戦争などの暴力、天災による破壊がある事で初めて、実体があるかのように語られる。治安管理を目的とした警察的発想の造語では。
  • 過激な発想をする人、極端な考えもつを人を「過激主義者=悪」と断ずる背景には、そのような考えをもつ人は不寛容である、というイメージがあるのではないか。一切の妥協を許さない不寛容な人に対しては、不寛容で応えることが正当化されやすい。
  • いつも利用する地下鉄の駅。改札からホームへと降りるエレベーターに、急ぎ駆け込む人は絶え間なく続く。全てを待っていたら、いつまでたっても出発できない。先を急ぐと「不寛容」に「閉」ボタンを押すワタシ。走って乗り込んでこようとする人は皆、潜在的「過激主義者」なのか?
以上のようなことが話題としてあがった結果、「問い」を立てるためのキーワードとして「恐怖」「寛容(不寛容)」「秩序」などの言葉が挙げられました。

対話は次のような問いと答えを以って了。
問い「自分の秩序を守りたい人にとって何が恐怖か?」
→答え「自分の寛容の限界を超えさせるものが恐怖である。それが過激主義と名付けられる。」





■第4回波止場てつがくカフェ「〈過激主義〉とは何か?」

■日時:2016年5月24日(火)19時~
■場所:新宿某所
 

※「本レポートは対話の場の主催者として掲載するものですが、報告者の個人的見解を前提としています。種々の制約により、ラフな記録と記憶をたよりに作成されているため、現になされた対話の事実と食い違うところがあるかもしれません。何卒ご承知おき頂きたく、お願い申し上げます。